神戸地方裁判所 昭和35年(行)7号 判決 1960年7月04日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告が昭和三十四年九月二十五日原告に対してなした物品税々額金四十四万一千七百円の納税告知処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
一、被告は、原告が昭和二十九年十月初米国駐留軍々人より購入した千九百五十三年式ビユツク乗用自動車一台(以下本件自動車と称する)を偽造自動車通関証明書を用いて東京税関に正規譲受を申告し正当に輸入許可を受けた如く装い同自動車を三重県陸運事務所に登録し物品税逋脱を遂げたとして、原告に対し物品税々額金四十四万一千七百円の賦課決定をなし、同決定に基き昭和三十四年九月二十五日同金額の納税告知処分をなしなお、原告は被告に対し同年十月二十三日右納税告知処分につき再調査の請求をなしたところ、同請求につき被告は原告の同意をえて審査の請求があつたものとみなし、審査の結果昭和三十五年三月十九日原告の右審査請求を棄却した。
二、しかしながら、被告のなした右納税告知処分は左記事由によつて当然取消されるべきである。
(一) 本件自動車に関し訴外横浜税関長が東京地方検察庁に対してなした告発により、原告は本件自動車を含む米国製乗用自動車三台について公文書偽造同行使関税法違反被告事件として東京地方裁判所で審理の結果昭和三十二年三月十一日懲役一年六月、三年間執行猶予、本件自動車分金百三十九万一千四百三十九円を含む追徴金三百八十一万五千三百五十九円の判決の言渡を受け、同判決は同月三十一日確定したので、原告は右追徴金につき国より毎月金五千円宛分割支払の許可をこえてこれを西宮区検察庁に支払い、昭和三十二年八月以降昭和三十五年二月までに合計金十五万七千三百五十九円を支払済である。
(二)(1) ところで、刑事判決によつて没収又は追徴が行われた場合には「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律」第十二条第二項により関税の納税義務が免除されることになつているが、これは、没収又は追徴が行われることによつて、その貨物の原価とその関税及び物品税を加算した時価を有する犯則貨物を国が取得し、或はその価格を国が追徴することによつて、当該物品について実質上関税及び物品税が課税、納税されたのと同様の結果をえられると共に、同物品について課税することは既に国庫に帰属した物品につき重ねて課税することになり、被追徴者に対し苛酷な結果を来すことを考慮して定められたもので、没収、追徴と国内消費税に闘する原則規定であるから、本件物品税についても、物品税法上追徴ある場合にも、なお、同税を課税するという例外規定のない限り、右条項が適用されるものというべく、仮にその適用がないとしても、関税と物品税を別異に取扱うべき法理上、条理上の根拠はないから、同条項は物品税についても準用されるものというべきである。従つて、本件自動車につき前記の如く追徴の裁判があり、これによつて追徴のなされる以上、本件物品税納税義務は免除されるべきであるにもかかわらず原告にその義務ありとしてなした本件納税告知処分は失当である。
(2) 以上認められないとしても、関税法第百十八条により本件自動車が没収されたとすると本件自動車は国の所有に帰属し、しかも公売代金中には当然関税等が含まれ、これを課税したのと同様の効果を来すので最早徴税の必要はなくなり、別途物品税を負担せしむべき者は存在しなくなるものというべきところ、本件は第三者に転売されていたことによつて没収に代る追徴を命ぜられたものであるから、右没収が行われた場合と同様国は徴税の必要がなくなるものと解すべきである。従つて、本件自動車についてもその物品税納税義務は当然消滅せしめるべきであるにもかかわらず、物品税の課税処分を行うべきものとし、原告に対し不当に苛酷不利益な定めをなす物品税法上の賦課規定は憲法第十三条に違反し無効であるから、同規定に基く本件納税告知処分は無効である。
(3) 税関長が事件を検察庁に告発することによつて以後税関長は当該事件の物品に関し物品税を始め一切の賦課処分を行うことができなくなるものというべきところ、本件納税告知処分は、前記の如く訴外横浜税関長が原告の本件自動車に関する事件の告発をなした後同税関長の東京国税局長に対する徴税依頼に基いて被告がなしたものであるから、違法である。
(4) 本件追徴金中には前記の如く物品税相当額も含まれており、本件追徴の裁判は刑事訴訟法第四百九十条により検察官の命令によつて執行しうる債務名義であるから、同裁判が先になされて確定し既に取消の対象とならない以上、同一物件である本件自動車につき更に物品税法第八条に基き納税告知処分をなして債務名義を設け、もつて被告に対し物品税につき二重に債務名義を設定することは許されないというべく、後になされた本件納税告知処分は失当である。
(5) 右主張が認められないとしても、原告は前記の如く追徴金につき国より分割支払の許可を受け内金十五万七千三百五十九円を支払つているので、右支払済の金員の内本件自動車に対する物品税相当額は、元来原告の本件自動車につき納税すべき物品税金額より控除されるべきであり、且つ、追徴金における分割支払の利益は本件物品税についても尊重されるべきであるにもかかわらず、これらを認めないで本件物品税々額全額につき一括支払を命じた本件納税告知処分は不当である。
よつて、本件納税告知処分の取消を求めるため本訴請求に及ぶ、と陳述した。
被告代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因一、の事実、二、(一)の事実並びに二、(二)、(3) の事実中税関長の告発後納税告知処分のなされた事実はいずれもこれを認めるが、本件納税告知処分が違法であるとの原告の主張は次の如くこれを争う。
(一) 本件自動車は物品税法第四条但書に該当するので引取人たる原告より物品税を徴収すべき場合にあたり、同自動車につき没収又は追徴の裁判があつても本件物品税納税義務に変動を生ずるものでない。関税法第百十八条第二項に基いて行われる追徴額は犯罪が行われたときの価格に相当する金額により、本件自動車の如く関税、物品税が課せられるべき物件については保税地域よりの引取価格等に我が国の関税、物品税相当額を加算したものが国内市場価格(時価)となるので、これら税相当額を計算内容として加算した同価格を追徴額とすることは当然であり、同価格は物品税支払の有無によつて増減すべきものではなく、又刑事判決によつて本件自動車の物品税の負担を命じたことになるものでもなく、本件自動車が情を知らない第三者に転売されることにより没収に代る追徴がなされたからといつて本件物品税納税義務に消長を来すものではない。従つて、右追徴の裁判がなされたことによつて本件物品税納税義務がなくなつたという原告の主張は理由がない。
(二) 税関長又は税務職員が犯則事件を告発したときは税関における犯則事件の処理が終了し刑事々件が検察宮に引継がれるにすぎないもので、同引継後と雖も当該物品に対する課税権は適法に行いうるものであるから、右告発によつて賦課処分を行うことができなくなるという原告の主張も失当である。
(三) 刑事判決の追徴と物品税納税義務は元来その性質を異にするものであるから、債務名義を二重に設定したことになるという原告の主張には左祖できない。
(四) 物品税は追徴金とその性質を異にし無関係であるから、物品税につき追徴金中物品税相当額を控除し且つ分割支払の利益を認めるべきであるという原告の主張もまた法律上理由がない。
よつて原告の本訴請求は失当である、と述べた。
理由
原告主張の請求原因一、の事実、二(一)の事実はいずれも当事者間に争がない。
そこで、本件納税告知処分が取消されるべきであるという原告の主張につき順次判断する。
(一) 原告は、物品税についても「日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の実施に伴う関税法等の臨時特例に関する法律」第十二条第二項の適用乃至準用があり、右関係法違反による追徴の裁判がされたことによつて物品税納税義務は免除されたと主張するので按ずるに、右法律第十二条第二項によると合衆国軍隊等以外の者が、同条第一項の規定により適用することとされる関税法第六十七条に規定する輸入の許可を受けないで、同項に規定する物品の譲受をした場合、その関税については、その譲受人を当該物品に該る関税の納税義務者とし、同人から関税を徴収することになるが、右物品については、関税法第百十八条等の規定により没収又は追徴が行われた場合には除外されている。しかしながら、右法律はその第一条において明示する如く関税法、物品税法等の法律の特例を設けることを目的とするものであるところ、右関税等の臨時特例に関する法律第十二条第二項においては右の如く特に関税についてのみ規定して、所定の物品の譲受をした場合の内、当該物品について追徴が行われた場合にはそのものにつき関税の対象から除外しながら、物品税その他についてはその対象から除外する旨定めを設けていないこと、(右第十二条の他の部分には内国消費税のことを規定しながら、第二項では殊更内国消費税のことが規定から除かれている)及び、関税法第百十八条による追徴の額は犯罪が行われた時の価格に相当する金額により、同価格は国内卸売価格即ち犯罪貨物が関税法、物品税法所定の課税物であり、これら法律に違反し関税、物品税を免れているものであるときは同税相当額をも原価に加算して算出された額によることになるけれども、追徴は犯罪による不正な利益を犯人の手に残さないという理由による没収の趣旨を貫くために科せられる刑事罰であつて追徴金中に税相当額が包含されているとしてもそれは時価計算のための数額的内容をなすにすぎず、租税である物品税そのものを含んでいるものではないから、本件追徴の裁判に基き追徴金を納付することによつて物品税そのものを納付したことにはならないし、本件自動車につき物品税を課税することは同車につき重ねて課税することになるものでもないから、右関税等の臨時特例に関する法律第十二条第二項の除外規定が没収、追徴が行われた物品に関する内国消費税の原則規定であるとも解し難く、又、関税は税関の通関手続を経て輸入される外国貿易の財貨に対し課税される国税であるのに対し、物品税は内国交易の財貨に対する内国消費税の一であつて両者はその性質を異にし、関税は内国税と異つた特殊の祖税法系列を形成しているものであるから、本件自動車の物品税について右関税等の臨時特列に関する法律第十二条第二項中の除外規定が適用又は準用されるものと認め難く、従つて、原告の右主張はこれを採用することができない。
(二) 原告は、関税法第百十八条により追徴の裁判がなされた場合には国は徴税の必要がなくなるものと解すべきにもかかわらず物品税についてなお課税を行うべきであるとする物品税法上の賦課規定は憲法第十三条に違反し無効であると主張するので按ずるに、本件自動車については原告がこれを引取つたことによつて原告の本件自動車に関する物品税納税義務が成立し、同義務は刑事判決の有無によつて影響を受けるものではないから、本件自動車につき原告主張の如き追徴の裁判があり、或は原告が主張するように没収されたとしても、これによつて本件自動車につき物品税を負担せしめるべき者が存在しなくなつにものと解することはできないと共に、同裁判乃至その追徴の結果が原告の本件物品税納税義務を消滅せしめるものではなく、又追徴金中に本件物品税を包含するものでないことも前記の如くであつて、追徴の裁判を受けた原告に対し本件物品税を課税することは必ずしも原告に対して不当に苛酷不利益なものとも解し難いから、その賦課規定をもつて憲法第十三条に違反するものということはできない。
(三) 原告は、税関長が事件を検察庁に対し告発することによつて以後税関長は当該事件の物品に関し物品税を始め一切の賦課処分を行うことができなくなり、その後なされた納税告知処分は違法であると主張する。ここに原告主張の如く税関長の告発後本件納税告知処分がなされたことは当事者間に争がなく、税関職員の告発によつて税関における関税法犯則事件の処理は終了し当該事件は検察官へ引継がれることとなるが、同引継は所謂刑事々件としての犯則事件に限り、右告発によつて物品税賦課権が消滅するものとは認められないから、原告の右主張は採用できない。
(四) 原告は、本件自動車に関し物品税につき右追徴の裁判と納税告知処分と二重に債務名義を設定することは許されないと主張する。右追徴の裁判が原告主張のようにそれ自体債務名義となるものではないが、当該裁判は検察官の命令によつて執行されこの執行命令が執行力ある債務名義と同一の効力を有することは刑事訴訟法第四百九十条に定めるところである。しかしながら、前記の如く追徴と物品税課税はその法的領域を異にし刑事訴訟法の定める手続によつて形成された追徴の裁判乃至その執行命令が物品税自体の債務名義となるものでないことは明らかで、右追徴の裁判の存在が本件納税告知処分の存在並びにその効力を否定すべき理由はないから原告の右主張も理由がない。
(五) 原告は、本件物品税から右追徴の裁判によつて支払われた物品税相当額は控除され、且つ追徴の裁判におけると同様分割弁済が認められるべきであるにもかかわらず、本件物品税々額金額につき一括支払を命じた本件納税告知処分は不当であると主張するが、前記理由によつて明らかなように追徴金の支払及びその方法が物品税々額及びその支払方法については何等影響を及ぼすべき性質のものではないから、原告の右主張も認められない。
以上の如く原告主張の取消事由はいずれもこれを是認することができないから、原告の本訴請求を失当として棄却す弓こととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 森本正 菅浩行 志水義文)